色相

 

 

『母親が居ないから、母親ってよくわからん』

仲良くなった友人には母親が居なかった。

「なんにもわかんないけどわかるよ。」

『俺もお前のことわかんないけどわかるよ。』

 

 

世の中には、近い値のグラデーションを持つ人間がときたま居るらしい。

出会った当初、彼は私を警戒していた。

それはわたしも同じだった。

まともなフリをしてまともじゃないのを、お互いに感じ取っていた。

 

 

「気遣いが嫌味が手に取るようにわかる。だからものすごく疲れる。」

『それに気づいた女の子初めてだよ。気づかないと思ったのに。』

『でもお前はヘンに考えすぎて、生きる事が大変そうだね。』

 

 

お互い様にね。

 

 

ある時彼が、手料理を食べたいと言った。女性の手料理を食べたことが無いからと。

 

 

わたしは慣れない手つきで大盛りのパスタを作った。

 

 

買ってきた惣菜やピザが並ぶなか、彼は

わたしの作った大盛りのパスタを一気に全て食べきった。

『おいしかった。』

満腹になった彼は、買ってきた惣菜やピザを残した。

 

 

「愛情表現ができるのに、どうして幸せになれないのかね。」

『上っ面だけの感じがするんでしょ。』

「絶対に付き合いたくないけど好きだわ。」

『わかるよ。こわいけど好き。』

 

 

もう彼とは疎遠になった。

似た者同士でも、人生は重ならないらしい。

 

 

 

 

 

騒音

 

音や文字がうるさいと感じる。

ものすごく晴れている。

きょうは、風の音を聞くだけでも頭が割れそうになる。

枯れ始めた花を、川に流しに行きたい。

行けそうにないのでごめんねと言った。

 

大事な話なんかしてくれないひとが好きだ。

大事な話をこっそりしてくれるひとも好きだ。

それと、大事なものについて文字にあらわせるひとが大好きだ。

大好きというよりも妬ましい。

わたしは、大事なものについての文章が

上手に書けたことないなと自分で思う。

わたしが文字にあらわせるものなんか、

その対象を好きな自分が好きだからだ。

全部が全部、そうでは無いのかもしれない。

けれど、ずっと心に靄がある。

脳みそと心臓は一緒だけれど、脳みそと心臓はわたしには違うのだ。

脳みそと心臓の表現したいことがバラバラで、ただ笑うこと、ただ泣くことがわたしのいちばんの表現だ。

わたしも、文字に昇華してみたい。

わたしがいちばんうるさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

襟足

 

「わたしの苦しみはわたしにしかわからない。親知らずさんだってそうでしょう?」

 

 

職場の女の子がそう言った。

曇った空の下、閑散とした駅前の喫煙スペースで。

 

 

「そう思うけれど、わたしは わかって欲しいと思ってしまうよ。」

わたしの声は少し頼りなかったと思う。

 

 

彼女が数日間遠出することが苦しかった。

もう帰って来ない気がした。

 

 

「ぜんぶ 大丈夫になるよ。」

その一言が言えなくて、とりあえず両手を大きく広げてみた。

彼女は

「どうしたの?」

と、恥ずかしそうに笑ってわたしの腕の中に飛び込んでくれた。

 

 

美しい彼女が羨ましかった。

 

 

わたしも女の子になりたい。

でも、美しくないぼくは 男の子になりたい。

ちゃんと上手に死ねたら良いのに。

換気扇の下、煙草をふかして酔っている。

きみは、どうして直ぐに煙草をやめられたの。

 

 

彼女が煙草を吸う姿は、なんだか似合わなくて好きだった。

 

 

風の吹くなかを歩いて思ったのは、襟足が短いと寒いということ。

わたしの髪がいつかちゃんと伸びたら。

わたしもきみも大丈夫で在ります様に。

 

 

 

 

造花

 

 

「造花の向日葵は わたしみたい」

と。吉澤嘉代子さんが歌っていた。

黄色い向日葵が好きだ。

馬鹿正直な見た目をしている。

お日さまに見てもらいたくて 背伸びしている。

 

今月半ばにいまの職場を辞める。

短い間だったけれど、腹のたつこと悲しいこと、楽しいこと幸せなこと、色々あった。

 

 

「あなたいつも笑顔でいいね。」

と、職場の人にほめてもらった事がある。

 

 

わたしの笑った顔って、向日葵みたいで素敵だなと思う。

でも偽物みたいで可哀想だなって、時々思う。

 

早く 夏が来て欲しい。

 

 

 

自粛

 

自粛ムード。桜はちゃんと咲いていた。

河川敷近くのちいさな木。

缶チューハイがうまい。

だいすきなひとは桜が似合う。

きれいなひと。

ぼくはあなたの養子になりたい。

あなたの幸せを願いたい。

ぼくは上手に恋人できないから

でもずっとそばに居たいから。

あなたの笑う顔が愛おしいこと。

気持ち 自粛 出来ず。

 

 

 

執着


執着とは何か。

とらわれないってなんだ。

手放せるって一体なんだ。

考えていた。

考えていたけど全くわからなくなったので、やめた。

けれど次の日の朝、目が醒めるとわたしの体内から執着が消えていた。

どうやら今まで可愛がっていた執着を少し険しい顔で見つめていたため、怖がって家出してしまったらしい。

幼少期にわたしの体内にやってきた名前がわからないその生き物を、わたしはベトベトと呼んでいた。

赤黒くてなんかちょっと変だったから。

のちに何匹か、またよくわからない子たちが体内に住みはじめた。

わたしはまたテキトーに、モヤモヤとかドロドロとか呼んでいた。

大人になるにつれて、「あぁそれは多分(執着)かな」と教えてもらった。

わたしはその日から執着って呼ぶことにした。へんな名前。

執着は、面倒くさいがかなり可愛かった。

ずっとわたしにくっついていて、いつでもわたしの事ばかり頭から離れないらしかった。

気長に待てば帰って来るんだろうか。

少しわたしが怖い顔してしまったね。

みんなの体内はどんな感じなのかよくわからないが、大きく育った執着を野生に返してあげる人や、そもそも「いやウチには執着居なかったんだよなぁ」という人もちらほら居るみたい。

わたしはかなり執着を可愛がっていたので、体内に執着が居ないとちょっと寂しい気もする。

今頃 執着もわたしのことを考えているだろうか。

春めいてきたので凍死はしないだろうから、そこはホッとしている。

もしも帰ってきたら、少し甘やかし過ぎていた気もするので 躾をしようかなと思う。

その前にまず、見つめて優しく撫でてあげようと思う。