寿司







「そのリュックまだ使ってるの?」







東京 中野 人生はじめての すしざんまいにて。







「わたし、荷物多いからね。大容量がいいでしょ。」と、笑ってみせた。彼から貰った大きなリュック、離れてからも使っていた。とくに意味はない。というか、全く意味はない。






だけど多分 きょうこのリュックを背負ってきたのは、【忘れてないんだよ】というアピールでもあった気がする。







わたしが送った「迎えに来てくれるなら、また一緒に暮らそうよ。」のメールに返信が来なくなった。

およそ2年の月日が過ぎて彼のほうから連絡がきた。







月日というのは不思議なもので、あんなにドロドロギスギスとしていた関係を、笑って寿司を食べれるほどにしてくれる。

月日がすごいのか、寿司がすごいのか。







「はまち好きじゃなかったっけ?」忘れてないんだよのアピールを、また一つしてみる。







「薬の副作用で容姿が酷くなってしまったけれど。」とは聞いていたが、正直、想像以上に彼の姿形が変わっていて なんだかちょっとさみしかった。

でも、もしかしたらそのおかげでこんなに優しい時間だったのかもしれない。彼が変わらずに居たらきっと、わたし寿司なんて奢ってあげなかった。






人に会わなくても髪は切ったほうがいい とか、副作用がおさまって痩せたらまたかっこいいんじゃないか、とかを教えてあげた。








「彼氏がね、回転寿司が好きで、デートでいつも回転寿司を食べるんだよ。」と わたしが言うと、彼はつまらなそうな顔をしてうんうんとうなづいた。








転がり込んだ日にはじめてつくった肉じゃがとか、毎朝つくったお弁当 喧嘩してゴミ箱に捨てられた日とか、薄汚い布団、あの日観たロッキーホラーショー、詰まった排水溝、「あの子の誕生日を祝う」だなんてちょっと恥ずかしいツイート。


ぜんぶ忘れていたようで、ぜんぶ忘れていなかった。








戻りたいと思うことはもう無くなってしまったけれど、もしもまた もう一度あの日に戻れるのなら、今のわたし きっとあなたに優しくできるよ。








黙々と寿司を頬張る少しブサイクになった彼に、「おいしいね。」なんて笑ってみせた。